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「Hydro-VENUSの誕生」 比江島慎二さん その2

印刷用ページを表示する 掲載日:2023年4月1日更新

【Hydro-VENUSの誕生】

 

(1) Hydro-VENUS(ハイドロヴィーナス)の誕生

 今回は、大学での私の研究テーマであるHydro-VENUS技術についてご紹介します。Hydro-VENUSはHydrokinetic Vortex ENergy Utilization System(流体力学的な渦エネルギー利用システム)の略です。前回ご紹介した流体励起振動(りゅうたいれいきしんどう)は、流れによって生じる「渦」が原因で発生するのですが、その渦を利用した発電システムという意味になります。私は子供のころ、大畠瀬戸のあたりによく魚釣りに行ったのですが、大畠瀬戸の潮流によって、大島大橋の橋脚の周りに渦が巻いているのを見ることがありました。皆様の中にも、ご覧になったことがある方がいらっしゃるかもしれません。あのような渦の力が、時として流体励起振動を引き起こす原因となるのです。前回ご紹介したタコマナローズ橋も、風により橋桁から次々に送り出される空気の渦が破壊的な流体励起振動をもたらす原因となりました。

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↑大畠瀬戸の大島大橋とその橋脚まわりの潮流の流れ
 

 

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↑ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」(出典:ウィキペディアコモンズ)

 ところで、ギリシャ神話の美の女神ヴィーナス(VENUS)は、ボッティチェリの絵画「ヴィーナスの誕生」などで有名ですが、海から生まれたという伝説があります。Hydro-VENUSは次回にご紹介する海洋エネルギーを取り出すのに利用されることから、海にちなんでHydro-VENUSと名付けることにしました。実は、この名称はNHKの「びじゅチューン」という番組で放送していた「委員長はヴィーナス」という曲を娘とたまたま一緒に観ていたときに、ピンとひらめいたのがきっかけです。そういえば、大畠瀬戸には般若姫伝説がありますが、般若姫も絶世の美女だったと伝えられているそうです。
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◆NHKびじゅチューン「委員長はヴィーナス」:https://youtu.be/RSAN-L9JljM<外部リンク>

◆絶世の美女・般若姫が金龍とともに沈む大畠瀬戸:https://setouchifinder.com/ja/detail/330<外部リンク>

 

 Hydro-VENUSは一種の振り子で、振り子の動きで発電機を回して発電します。実際のHydro-VENUSの動きを下記の動画でご覧ください。

◆Hydro-VENUS(円柱)

 この動画では、水槽の中を右から左に向かって流れる水流に対して、円柱状の振り子が流れと直角方向に振動しているのが分かると思います。この流体励起振動は、円柱の左右から交互に放出される渦の力によって発生しており、決してモーターで振り子を動かしているわけではありません。振り子の動きが非常に規則的で不思議に思われるかもしれませんが、円柱を水流の中に置くと自然にこのような振動が発生するのです。風車などのプロペラは流れに直角方向に回転しますが、Hydro-VENUSの場合はこのように振り子が往復運動することで発電機を動かして発電する仕組みです。

 

 

(2) Hydro-VENUSの開発と新たなイノベーション

 水流からなるべく大きなエネルギーを得るには、もっと激しい流体励起振動を発生させればよいことになります。私の専門である橋梁工学では、構造物に好ましくない流体励起振動をなるべく小さく抑えることが重要なのですが、発電の場合は逆にもっと大きく振動させるにはどうしたらよいかという、まったく逆の発想が必要になります。検討したところ、大きな振動を発生させるには、振り子の断面形状が重要であることが分かりました。


 初期のHydro-VENUSは前述の円柱状の振り子を用いましたが、その後、様々な断面形状の振り子を試した結果、最も強い流体励起振動が発生するのが「半楕円形」の断面形状を持つ振り子であることが分かりました。半楕円は楕円を半分にした形状で、通常のプロペラの羽根のような薄っぺらな断面になります。


 最近、この断面形状で特許(特許第6961865号)を取得したのですが、その振り子の振動の様子を下記の動画でご覧ください。振り子が1回転以上振動するような非常に激しい回転振動が発生しているのが分かると思います。これにより、円柱状の振り子に比べて10倍以上大きなエネルギーを取り出すことに成功しました。

◆ Hydro-VENUS(半楕円柱、振動)

 

 実は、この半楕円柱の振り子を用いたHydro-VENUSの実験の最中に、さらなるイノベーションが起こりました。それを示すのが下記の動画です。

◆ Hydro-VENUS(半楕円柱、回転)

 先ほどは往復運動していた半楕円柱の振り子が、あたかも風車などのプロペラのように一方向に回転しているのが分かると思います。実は、Hydro-VENUSの振り子の往復運動は強力な回転バネによって維持されているのですが、この回転バネが実験途中で壊れてしまったのです。実験としては失敗だったのですが、このように一方向の回転が振り子に生じることが新たに明らかになったわけです。しかし、この回転のメカニズムは、風車などのプロペラの回転とは全く異なり、あくまで流体励起振動の原理で回転しているのです。この振り子の回転を用いると、振動よりもさらに大きなエネルギーが取り出せることが判明し、さらなるイノベーションへとつながりました。

 

 

(3) Hydro-VENUSの研究から明らかになった不思議な現象の正体

 実は最近、Hydro-VENUSの回転と同じ現象を身近なところで発見しました。下記の動画をご覧ください。

◆風による観覧車ゴンドラの回転

 毎年、強風が吹く時期になると、このように観覧車のゴンドラが回転する映像がニュースで報道されるので、テレビでご覧になったことがある方も多いと思います。これを見た人の多くは、ゴンドラが横から風を受けて、風の力がゴンドラを持ち上げていると考えているのではないでしょうか。ところが、ゴンドラの重量は500kg~1000kgもあり、計算によると、横から風を受けたぐらいではびくともしないはずなのです。それでは、このような重いゴンドラをいとも簡単に回転させているものは一体何なのでしょうか。実は、風はゴンドラの横から当たっているのではなく、ゴンドラの正面に当たっており、ゴンドラは風の流れに直角方向に回転しているのです。つまり、Hydro-VENUSと同じ流体励起振動の原理でゴンドラが回転していると考えられるのです。そのように予想した私は、下記の動画のような風洞実験を行いました。


◆ゴンドラ回転の風洞実験

 この動画では、3Dプリンターで作成したゴンドラの模型に対して正面から風を当てています。すると、予想通り、ゴンドラが風の流れに直角方向に回転を生じることが分かりました。ちなみにゴンドラの横から風を当てても、やはり回転は発生しません。おもちゃの風車(かざぐるま)の羽根に正面から風を当てると回転するのはイメージできると思いますが、羽根とは全く異なるこのような形状の物体が風車と同じように回転するというのは、なかなか想像がつかないのではないでしょうか。これがまさに一般のプロペラとは異なる、Hydro-VENUSと同じ流体励起振動を原理とする回転現象なのです。このゴンドラの回転メカニズムについては、近いうちに論文で発表する予定です。

 

                                            比江島 慎二