小学2年生の時に黒磯団地に引っ越し、一学年に7クラスもあった東小学校から、全校合わせても6クラスの中洋小学校に転校。同じ岩国市内、わずか10km圏内だというのに、環境はガラリと変わりました。登校は片道30分程かかり、同じ班の子たちと一列に並んでの集団登校。同級生が話す方言がわからないことも・・・
「傘に乗す(入れる)」「いね(帰れ)」「犬がほす(吠える)」「えずい(賢い)」
最初は戸惑いました。
でも、ベランダからは瀬戸内海の眺めが眼下に広がり、裏山に入れば山菜採りや虫捕りが気軽にできるその環境は、子どもにとっては最高。夏休みの絵画の宿題はたいてい自宅のベランダから望む海を描いたものです。
小学4年生~6年生の夏休みは昆虫採集に没頭し、最後の夏に、岩国市科学センターのコンテストで賞をもらえたのは良い記念になりました。
岩国市科学センターが当時どこにあったかは覚えていないのですが、1960年に岩国市役所本庁7階に設置され、その後拠点を転々とし2009年に現在の場所(麻里布町 ※旧税務署跡)に移ったようです。現在の建物も築55年と老朽化が進み耐震不足の懸念もあるため、2026年、岩国市科学センターを国立病院跡地(黒磯町)に移転する計画だとか。
先日、関係者のかたから、
「自然豊かなあれだけの広さがある立地だからこそ、可能になる設計がある」
と、ワクワクするような話をお聴きしました。
子どもも大人も楽しめる有益な施設の完成が、今から楽しみです。
「中学は、灘中学校に進学」
と言うと、兵庫県の名門 灘中学校と勘違いされることもありますが、
岩国市立の灘中学校です。
中学時代は軟式テニス部に所属し、副キャプテンを務めました。
1年生の間は、玉拾いと素振りの毎日。憧れのスコート(真っ白いミニスカートの、アレ)は2年生からしかはけず、また、ふだんはもちろん夏休みも毎日練習。どんなに暑い日も水を飲むことを許されず・・・という当時としてはあたりまえの厳しさ。
きつかった思い出は語り尽くせませんが(笑)、一方で、部活を通して先輩(目上)への礼儀を学んだり、レギュラーに入れず悔しい思いをしながらも立ち直ったことなど、今思えば、人生において必要な経験を、たくさんさせてもらったと思えます。
当時は1学年に200人余、5クラスあった中学校ですが、(今、多くの学校がそうであるように)少子化で、生徒数は1/3ほどに減っているそうです。
そのぶん、多目的教室が増え、学校全体がなんだかゆったりと見えました。
当時は、好きな男の子を目で追って、席替えのたびに、
「隣になれますように」
と祈ったのも、いい思い出。
告白すると、せいぜい交換日記をするくらいが”付き合っている”ということで、それをクラスメイトに見つかってからかわれると、別れようという話になったり(笑)
今思えば皆、なんともカワイイ中学生ですが、当時は目の前のことに必死。
教室の窓からの、こんな素敵な景色にも気づかず、部活のことや成績や好きな子のことや、なんやかんや、悩んだりしていたんですね。
今、後輩たちに伝えたいことは、
「気になることは、とにかくやってみること」
世界は広い。地球にはいろんな人がいる。
場所が変われば可能性も広がる。
勝手に決めつけて、やってみる前から諦めるのはもったいない。
目の前ばかりでなく、もっと高い位置から周りを見回してみると、
見えなかった景色がみえてくる。
目線を上げ、視野を広げよう。そして、
「一度きりの人生を、楽しもう!」
牛来千鶴
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