こんにちは、ペン画アーティストの日高あゆみです。
いよいよ、「私の岩国」最後の回となりました。
私が最後に訪れたのは、母校『平田中学校』です。
正面玄関から、先生方にご挨拶して校内に入らせていただきました。
ですが!入り口といえば・・・
下駄箱のあった昇降口。
毎朝の登校で、生徒はこちらから校舎へ入っていたので、
この光景に「ああ、なんて懐かしい!」と胸がドキドキしました。
最初に美術室へ伺う予定でしたが、
思わず、「先にここへ寄ってもいいですか!?」と
昇降口のすぐ横にある『家庭科室(調理室)』に吸い込まれてしまいました。
うわぁぁぁぁーーー。
言葉にならない感情が押し寄せます。
だれもいない教室ですが、私の脳内では、
当時の友達や先生が目の前で動いて見え、
思い出のシーンが映写機で映し出されているかのようでした。
中学3年生の担任が家庭科専攻で、とてもハキハキした明るい先生で大好きでした。
なので家庭科の授業も自然と好きになり、
中でも「絵本をつくる」授業がすごく楽しくて印象に残っています。
その時、先生から自作絵本をほめて頂けたのも、なんだか嬉しくて。
単純なのですが、絵本を作るのって楽しいなぁと思った授業です。
↑平田中学時代の『中学生活』。(日誌)
先生との交換日記のようになっていて、毎日欠かさず書いていました。
今読み返すと「私なに書いてるんだ」というような恥ずかしい内容ですが、
先生からの愛のあるエールや楽しいお返事がすごくうれしくてせっせと書いていたなぁ。
↑手元に残っている当時の学級だより。
クラス全員の日誌の中から、選ばれた文章がこちらに掲載されました。
大抵、みんな載るのですが、自分の文章が載るとうれしい気持ちになって、
親にも喜んで見せていました。
↑これは、卒業した時の学校通信。
学年の先生方の似顔絵を、私が描きました。笑
もっと美人で、もっと優しそうで、もっとイケメンな先生方だったのに、
どうしてこんなに忠実に(え?笑)描いちゃったんだろう!笑
確かどの先生もすごくほめて下さって、笑ってグーサインをくれたりしたけれど
実際の先生はもっともっと素敵でした!とここに書かせて頂きます。笑
明るく、本当によく生徒たちをみてくださった先生との思い出が、
ここ家庭科室で一気に蘇りました。
↑高揚する私とは逆に、落ち着いてよく寝ている息子。お利口さんで取材もはかどりました。
さて、素敵な寄り道をした後に、
目指していた美術室へ。
中学三年間、美術部員としてこの教室で過ごしました。
わー!すでにこの奥まった角の部屋が・・・、この位置に存在することが・・・、な懐かしい!
日高 「美術室の手前にあるのが、準備室で。
ここは美術部員だけは入ってよかったんですよ!その特別感がうれしかったな~」
美術準備室の入り口にて。
日高 「このリンゴ、デッサンする授業ありました!影と光を学ぶんですよね~」
私は美術部員でしたが、おそらく皆さんのイメージするような
「石膏像やフルーツなどを黙々とデッサンする・・・」ということは、
部活ではほとんどしていませんでした。
1年生の時の顧問がとても自由な雰囲気の先生で
「どんな活動をしても良い。好きなことをやって良い」というのが部の方針でした。
漫画を描く人もいれば、油絵をしっかりと時間をかけて描く人もいました。
私は、この部活の時間でいろんなものを制作しました。
トールペイントやステンシルも流行っていたので、
木でできた時計にペイントしたり。
家にあった生協のカタログがアイディアのソースになっていて
「この小物入れ可愛い。作れないかな?」と、自由帖にでたらめな図面のようなものを描いて、
実際に木を組み立て色を塗り、形にしていました。
(全然絵を描いていない。笑)
先生に頼んで『藤』を取り寄せ、みんなでカゴを編んでいた時期もありました。
教材屋さんから長くまっすぐな藤が届くんですが、
それを水に浸しておいて柔らかくしてから編むんですよね。
美術室の、普段絵の具を洗う洗い場に何本も浸していたのを思い出します。
その時は家の電話台や食卓に、やたらと小さなカゴが増えました。
当時部活中につくったオリジナルカレンダーが手元に残っていましたよ。
(この頃からカレンダー作ってる!)
めちゃくちゃシュールですが笑、水彩絵の具で塗った紙をちぎって貼ったカレンダー。
麻ひもでプラプラと吊り下げられます。
(ご近所に和紙で美しいちぎり絵を制作されているおばあちゃんがいて、
話を聞きに行ったことがあり、その影響を受けているようですね)
他にも、先生は七宝焼きをされていたので、電気釜を持ってこられて
私たちに七宝焼きの体験もさせてくださいました。
特に美術の学校にいっていない私は、今思うとこの美術部時代に
ぎゅっと色々な体験をしたような気がしています。
美術室の懐かしい道具たち。
↑これ、シャカシャカしましたねぇ。
↑ここで、乾かしましたよねぇ。
ものさしも見つけました!
絵の具セットに入っていたものさしには、溝があったのを覚えていますか?
この溝は、筆でまっすぐな線を引くためのもので、
ガラス棒と筆をお箸のように持ち、溝にガラス棒を置いて滑らせることで
筆もそのままスライドして、ものさしと並行な線が引けるというもの。
・・・という説明を求められていないのに、市の職員さんに熱弁してしまう私!笑
とにかく興奮がとまりません。
「なんでも作って良い。ルールはない。」
という美術部のルールが、何より性に合っていて
延々と自分の好きな新しいものを作っていられました。
当時、岩国市に中央図書館ができて、
そこで雑誌『雑貨カタログ』に出会ったのもこの頃です。
「そうそう!これ!私が好きなの、これ!ザッカ!」と、目を見開いて誌面を読みました。
『雑貨の商品企画』という仕事があることも初めて知り、
「ものづくりを仕事にできるなんて最高だ!」と思いました。
小学校の時の夢は『漫画家』でしたが
中学以降は『雑貨の商品企画』へ。
どちらも大変狭き門で、その道に進めるとは思っていなかったのですが
ふと現在の自分を見てみれば、
大好きな絵を描き、それを使ってオリジナルグッズを作って毎日を過ごしている。
ある意味、小さい頃の夢が叶っているのかも・・・とこちらを書きながら気が付きました。
ありがたいことですね。
今回、この「私の岩国」で思い出の地を巡っていると
過去の色んな地点の自分と再び会えたような気がしました。
まるで目の前に小さな自分がいるかのような感覚で。
タイムマシーンがなくても、岩国の思い出の地をめぐれば
小学生だった自分、中学生だった自分、長女を生んだ頃の自分・・・と
過去の自分に会うことができるんだなぁ~と面白く感じました。
「自分のやりたいことがわからない」と迷子になった時は、
【小さい頃好きだったこと】
【誰からも強制されていないのについ夢中になってしていたこと】
にヒントがあると、よく本で目にしたり諸先輩方からお話を聞いたりします。
私もなんとなく、それが真実なのではないかと思っています。
今回の取材を通して
小さい頃の自分に再会し、やりたいこと・好きなことって変わってないなと感じました。
自分ではいろんな経験をして変わっているような気がしていたのですが
結構ずっと同じことやってるし、まるで変わってない。笑
岩国の魅力も再確認し、自分自身が本質的にやりたいことも再確認できたような
とっても貴重でありがたい機会でした。
取材を終え、福岡に戻ってからのお話ですが
はじめてのお仕事にチャレンジさせていただきました。
コンクリートの壁に絵を描くお仕事です。
動物病院の駐車場の壁だったので、制作中も看板犬のラブラドールレトリバーの
ラムちゃんがずっとそばにいてくれました!
(小さい方は私の愛犬こまちです^^)
海のそばの病院なので、貝殻やヒトデなども沢山描きました。
ペンキと筆で描くのは初めてで、
机で描くいつものペンと紙とは違い、時間がかかりましたが
筆独特のかすれや一筆ずつゆっくりと進んでいく工程もすごく楽しかった。
この絵を描いている時間も、この絵で喜んでくれる人の顔を見るのも
これからも、ずっと大切にしていきたいと思っています。
ふるさと岩国でもいつか壁に絵を描きたいなぁ。
いろんなことにチャレンジしながら、一歩ずつ精進いたします!
最後になりましたが、今回の取材にご協力いただいた岩国の皆様、
どこに行っても温かく迎えてくださり、ありがとうございました。
そして、「私の岩国」にお声かけ頂いた岩国市役所広報戦略課の皆様、
こんな素敵な機会を本当にありがとうございました。
特に取材日に同行してくださった広報戦略課のお二人のおかげで、
生後まもない息子を連れての取材も大変スムーズで
安心して、そして何よりとても楽しく行うことができました。
魅力的なお二人との時間と、素晴らしいご縁に感謝しています。
読んでくださった皆様も!
全6回、最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。
やっぱり、
岩国がぶち好きです!!
日高 あゆみ