「お城」が好きです。
子供の頃から、本を読んだりプラモデルを作ったり、城の魅力にハマっていました。家の庭に石垣を築こうとしてみたりも。未遂でしたが(笑)
本や模型で様々な城の特徴を知っていく子供時代だったわけですが、岩国城だけは唯一いつでも行ける地元の城。むしろ、岩国城があったから城に興味を持つようになったのではないかと思います。
久々に向かう岩国城。この日はロープウェイを利用しました。
山麓駅の一階にはうどんの自販機があったのを覚えています。ちょうどこの写真の一番右の自販機の位置でした。いつ頃まであったのだろう、と、ちょっと気になりながら、乗り込みます。
ロープウェイが動き出してすぐ、麓に見えるのは「御土居(おどい)」と呼ばれた区画。
堀が巡らされ、領主吉川氏が政治を行なっていた場所です。
堀の隅、錦雲閣のあるところには三階建ての櫓が建っていたそうで、山頂の天守と似たデザインだったのではないかと想像したり。そのような事がお城ファンとしては気になって仕方ありません。
あっという間に山頂へ。
ここで広い舗装された道と険しい道の選択を迫られますが、迷わず右側の険しい道へ。
少し進むと、石垣が早速見えてきます。
茂みの中にも石垣。
この渋い荒城感にゾクゾク。
もうしばらく進むと、見事な石垣に出会えます。見上げるほどで迫力も満点。
この高石垣に沿った散策道の脇からも、よく見ると更に石垣が下方へ向け築かれています。
これを入れば森の中にもずっと石垣が連なっている事が確認でき、それはもうものすごい荒城感ポイント。奥まで石垣が確認でき、岩国城は実はかなり広範囲に石垣が巡らされた大要塞であった事を実感できますよ。
崩れた石垣も多いです。
錦帯橋側は残っているものも割とあるのですが、反対側はほとんど破却されています。 それも歴史のひとつですね。
巨大な空掘にも石がゴロゴロ。
在りし日の岩国城はどんな姿だったのか、想像を膨らませるのもまたロマンです。
旧天守台。
実は天守は元々ここに建っていたそうです。子供の頃はこの天守台の石垣も一部崩れていましたが、今は積み直し復元されています。
そしてこちらが現在の天守。
古い図面を元に昭和37年に復興されたものです。
三階より四階のほうが大きく、更には五階より六階のほうが大きくなっています。 このように上層階を張り出す様式は「唐造り」「南蛮造り」などと呼ばれ、他には小倉城と高松城くらいしか例がない珍しいスタイルなのだとか。 地元びいきはあるでしょうが、ものすごくカッコいい天守だと思います。私はこれを何も見ずに描くことも出来ます(笑)
見上げる姿も趣があり、この角度は特に好き。
天守最上階よりの眺めも抜群です。
錦帯橋と瀬戸内海、両方が同時に見えるのもなんだかオツですね。
歴史ある故郷岩国の街。岩国城に限らず、郷土史を調べることは大好きです。
どうやって今の岩国へと至っているのか・・。先人達の歩みを知る毎に、ますます岩国という街が好きになります。
河村貴之