ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 私の岩国 > 思い出たくさん、岩国市民文化会館 河村貴之さんその2

思い出たくさん、岩国市民文化会館 河村貴之さんその2

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年5月31日更新

今でこそジャズをやっている私ですが、元々は吹奏楽のフィールド育ち。

中学高校時代は吹奏楽部に所属し、仲間と共に部活動に明け暮れたものです。

 

当時、岩国地区での吹奏楽の催しの会場はもっぱら岩国市民文化会館でした。いや、「岩国市民会館」と旧称で呼んだほうが私にはしっくりくるのかも。単に「市民会館」、もっと略して「市民館」と呼ぶことも多かったです。

2018年にリニューアル工事が完了。そのタイミングで「岩国市民文化会館」と名称も刷新されています。

市民文化会館1

ここでは吹奏楽コンクールや地区の演奏会など、多くの学校の吹奏楽部員が集まる機会がたくさんでした。また、市内各校の定期演奏会などの会場でもありました。自分たちが演奏をしたり他校の演奏を聴きに行ったりと、何度も訪れたこのホールには学生時代の思い出が詰まっています。

 

まずは大ホールへ。

市民文化会館

市民文化会館

赤基調だった椅子や床は青基調に様変わり。

 

市民文化会館

座席数を減らし、前後幅がとても広くなっています。実際に座ってみましたが、とてもゆったりしていて快適です。

 

さて、背もたれのこの穴、なんだと思いますか?

市民文化会館

これ、エアコンの吹き出し口なのです。すごい装備、知ったときはびっくり!

昔の赤い座席は背もたれに白いビニールが被さっていて、商店街PRの文言がありましたね。覚えてらっしゃる方も多いのでは。

 

そしてステージ袖、下手からの眺め。

市民文化会館

ここで出番を待ちながら、緊張で心拍数も高まったものです。これをたくさん経験させてくれたのがこのホール。おかげで子供ながらに少しずつですが舞台に立つという事にも慣れていきました。今は日々あらゆるステージに立っていますが、「舞台慣れ」について私を育ててくれたありがたいホールなのだという事を、久しぶりにここに立ち実感しました。

 

小ホールも訪れてみます。

市民文化会館

煉瓦に市民会館時代の面影も残しつつ、鮮やかな白が明るい雰囲気を作っています。

市民文化会館

昔はこの小ホールも赤基調の床だったかな?

小ホールは、トランペットの講習会や、大きな大会の時には合同の楽器ケース置き場として使用するなど、大ホール同様なにかと出入りすることも多くありました。

 

こちらは大ホール二階席の外周部の階段。

市民文化会館9

階段の角度と、三つ並ぶ丸い窓が独特。こういう窓って、不思議と外を覗きたい衝動に駆られます。いつも同じ風景なのは分かっていても、やっぱり覗く(笑)

この写真だけで岩国市民文化会館だと分かる方も多いのではないでしょうか。

 

この階段をグネグネと降りると、大ホールの正面ロビーに着きます。

市民文化会館

こちらの飾り壁面と椅子のある様子は変わらず。ここが一番他校のメンバーとの交流の場だったように思います。

そしてその脇、少し引っ込んだエリア。

市民文化会館

ここは昔、ジュース自販機や冷水機がありました。特に冷水機にはお世話になりました(笑)

 

そして外から眺める岩国市民文化会館。

市民文化会館

エスカレーターも付き、日よけも備え、時代にマッチした施設となりました。

そういえば、これは大昔からよく聞くのですけど、「岩国市民会館は白蛇が口を開けた姿でデザインされているのだ」という噂話。確かに、白い外壁、かつての赤い内装、階段は舌のようにも見えますし、ロビーの採光部は口か牙か、丸い窓は眼のようにも。実際そう見えるので、本当にそうなのかもしれませんね。いつかそれについて知ることが出来たら、と思うと、なんだか楽しいです。

 

高校の時はここで定期演奏会も経験し、もう、全てを賭けるかのように打ち込みました。

市民文化会館

私にとってはそんな青春の思い出が詰まった岩国市民文化会館。これからもずっとここに在り続けていくことでしょう。訪れる度に気持ちを若返らせてくれる、とても大切な場所です。

思い出のホールで、いつか大きなコンサートが出来ればいいな!

河村貴之