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竜口と鳴子岩 樋口明雄さんその3

印刷用ページを表示する 掲載日:2023年4月1日更新

もうひとつの岩国を舞台にした小説〈ダークリバー〉は、文字通り”川”がテーマです。
人生の時の推移を川の流れに例えて、昏い川を漂い、流されながら生きてゆかねばならない男たちの物語。そして、ここでいう川とは、もちろん錦川です。
島根県との県境にある莇ヶ岳を水源とし、全長百十キロの堂々たる大河。その錦川の中でも、もっともダークなスポットは錦帯橋の斜め対岸、横山と川西を結ぶ難所の崖下にある竜口だと思います。錦帯橋の下流とともに、〈ダークリバー〉の中でも重要なクライマックスシーンに登場します。嵐の真夜中、土砂降りの雨風に叩かれてのアクション場面です。

竜口(対岸から)

川が大きく蛇行し、深い淵を形成しているため、水面を見下ろすとまるで鳴門海峡のようにいくつもの渦巻が見え隠れしていて、とても不気味です。だから、ここで溺れると深みに引き込まれ、二度と上がれないなどと、子供のころからまことしやかに噂されていました。竜宮に通じているなんて伝説もあって、だから竜口という呼ばれ方をしたのでしょう。
古い文献を紐解くと”吸口”と書かれていることが多く、無数の人魂を見たなんて昔話もあって、ますます恐ろしさを感じます。まさに〈ダークリバー〉にふさわしい場所。
崖路を少し降りたところには、朽ちかけたような古いお稲荷様も祀られていました。

竜口(木の間越し)

錦帯橋の上流。錦城橋の少し上にあるのが鳴子岩です。
岸辺に近い川面にぽっかりと突き出しています。その形がどこか、いま、私が住んでいる家の前にそびえる八ケ岳によく似ているのが不思議。
ここは少年時代の遊び場のひとつでした。
小さな頃から、どちらかといえば海よりも川っ子だったので、釣りも泳ぎも川が多かったんですが、釣りはともかく、さすがにどこでも泳ぐというわけにはいかず、基本的に遊泳ができる場所に通っていました。鳴子岩はそのひとつでした。

鳴子岩

拙著〈風に吹かれて〉の主人公たちと同じ中学生の頃、岸辺に自転車を停めて、ろくに体操もせずに浅瀬に駆け込み、あの岩までみんなで泳いでいきました。そこから飛び込みをやったり、岩を拠点にして周囲で素潜りをやって、ヤスで魚を突いたり。
作中で酔った勢いで錦城橋から飛び込む二名の海兵隊員のエピソードを書いていますが、あれも実話でした。
橋の欄干から水面までずいぶんと高さがあるし、水深も決してそんなにあるわけじゃないから、きっと無事にはすまなかったと思います。
そういえば当時、市内のあちこちで米兵の姿をよく見かけました。怖そうな人もいたけど、多くがフレンドリーでした。中学で習ったばかりの英語を実地で試せたものです。今でこそ円のレートが変わったり、あれこれ規制が厳しくなったりして、基地の外で彼らの姿をほとんど見ることはありませんが、あの頃は当たり前のようにアメリカ兵たちと触れ合っていたんですね。
鳴子岩も、現在は遊泳禁止になってしまったようで、ちょっと寂しい気持ちになりました。

錦城橋

岸辺に立っていると、川面のあちこちに小さな飛沫が見えます。
ライズと呼ばれ、魚が水面の水生昆虫を補食しているのです。フライフィッシングという釣りは、そんな魚の習性を利用し、虫に似せた疑似餌を使って釣るわけですが、釣り具を持ってくれば良かったと思うぐらい、鳴子岩の周辺で魚たちがさかんにライズをくり返していました。
浅瀬で跳ねているのはおそらくハヤ。でも、沖合でライズしているのはもっと大きな魚でした。むろん、上流部に棲む渓魚である岩魚(いわな)や山女魚(やまめ)であるはずがありません。
あとで釣りに詳しい知人にそのことをいったら、「おそらくアユですね」といわれました。
アユは水底の苔しか食べないってよくいわれますが、とんでもない。かれらはちゃんと水生昆虫を食べて蛋白源を確保しています。だから、ドブ釣りと呼ばれるアユの毛鉤釣りもあるんです。
そんなライズの様子に後ろ髪を引かれながら、鳴子岩を後にしました。

錦帯橋とココ

今回ははるばる山梨県から犬連れで(しかも軽自動車!)で帰省しました。
アラスカン・マラミュートと紀州犬、四国犬の和洋ミックス。ココという名で、もう十二歳の老犬ですが、長旅にもかかわらず、元気よく飼い主の故郷を堪能していました。
とりわけ河原が大好きのようです。