桜井戸 飯田奈穂さんその1
岩国で「水」と言えば、錦町を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。錦町を流れる寂地川の水は、昭和60年に当時の環境庁によって選定された「日本名水百選」にも選ばれました。この「日本名水百選」に同じく選定された名水が、実は岩国市にはもうひとつあるのです。それが通津にある桜井戸の水です。
桜井戸の水は、口当たり柔らかで癖がなく、まろやか。飲むと身体の細胞のひとつひとつに染み渡る様な感覚になります。元日の早朝にその年初めて汲んだ水のことを若水といいますが、この桜井戸の水を若水として飲むと長寿の薬にもなるとの言い伝えがあるそうです。
桜井戸は湧水です。こちらの趣ある井戸から、昔は来訪者が釣瓶で汲み上げていました。くるくると回る滑車、手に伝わる湧水の重み、私は汲み上げるその作業が大好きでした。しかし、時代時代で様々な事情が生じたそうで、いつの頃からか井戸には蓋がされて横に蛇口が設置され、現在では蛇口から汲むようにとなりました。
私にとって桜井戸は、思い出の場所。まだ日も昇り切らない早朝、家から徒歩で桜井戸まで行き、井戸水を汲んでまた歩いて帰るというのが、今は亡き祖父の定番の散歩コースでした。少し無理して早起きをし、眠い目を擦りながら空の水筒を提げて祖父について歩き、桜井戸で水を汲み、一杯に満たした水筒を提げてまた来た道を祖父と歩いて帰る、それが楽しみだった幼い頃の記憶。今では、その記憶を辿りながらコップ片手に桜井戸へと出掛け、汲みたての新鮮な湧水を頂くという贅沢を味わっています。
時が流れてもいつまでも清らかな桜井戸でありますように、願ってやみません。