ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 私の岩国 > 旧帝国海軍~第六潜水艇殉難者記念碑~ MALINOさんその1

旧帝国海軍~第六潜水艇殉難者記念碑~ MALINOさんその1

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年9月16日更新
岩国装港小学校(装束と新港の間にあるから)のすぐ裏手にある山、養気園!
養気園のなだらかな斜面
ここは車では奥まで入ってはいけませんが、入り口まで上る事ができ、小さいながら駐車スペースもある謎の山です。
幼稚園の頃、皆でお弁当を持って遠足に来たり、また小学生の頃などは山の上にある大岩(猿岩)まで獣道を分け入って山登りにいそしんだものです。
一番奥には木造のアスレチックの滑り台があ・・・あれ?
アスレチックの滑り台があった場所
ない?
撤去された遊具の写真
子供が少なくなった昨今では遊具は撤去され、傍らへ静かにその役割を終えて積まれていました・・・寂しい・・・。
少子化が・・・憎いっっ
さて、ここにはもう一つメインとも言うべき知られざる岩国の観光名所があるんです。


~旧帝国海軍第六潜水艇殉難者記念碑~
記念碑の写真
●第六潜水艇は明治四十三年四月十五日新港沖で半潜航訓練中沈没し艇長以下十四名の乗組員が殉職されました引揚げ后艇内の状態及び艇長の遺書により全員が一糸乱れず各々の部署を守り従容として死に就いたことが判明しました潜水艇が世に出て間もない時代のこの出来事は全世界注視の的となり事故に対処した艇員の立派な態度は深い感銘を与ヘその旺盛な責任感と事を処する沈着な態度はわが国民の範としてたたえられました

碑文より抜粋

実は凄く凄い人らしいという事は大人になってから調べて知りました。
何故かって?
それはこの方が装港小学校の校歌の3番に出てくるから名前だけはしっかりと覚えていたからです。

●重き使命に遺書をしたため 波間に消えし 艇長佐久間 その記念碑にカモメ群れ飛ぶ~・・・・
なんて当時はよくわからないで歌っていたものですが、今考え返すととても小学生が歌うには重い歌詞だったんですね。
明治百年記念碑の写真
沈没場所を示した看板とその先に広がる瀬戸内海
碑の横にある看板には、第六潜水艇の沈没場所が記してあり、工場のタンクより向こうへ望む事ができるので、時折外国の観光客の方がこの小さな碑を訪れています。
地元の人は身近すぎて気づかない、でも海外の人は意外と知ってるなんてちょっと不思議ですね。