第五回目の最後は、高照寺山とそこから見渡せる玖西盆地についてです。
生まれ育った町は盆地でした。周りを見渡しても山だらけで、私にとって山は身近ではあっても、特別なものではありませんでした。
そんな私が高照寺山にはじめて登ったのは、小学校1年生の時でした。
元旦の初日の出を見るというイベントで、母に誘われてのことでした。まだ小さかったので、”初日の出を見る”ことの特別感や、寒い中山を登るという大変さもわかっていなかったと思います。そうやって臨んだ初の早朝登山、私はあまりの寒さと長い山路に、日の出なんてどうでもいいから早く帰りたいと泣き出してしまいました。ただ、山頂でいただいたぜんざいがすごく美味しかったことだけがいい思い出になりました。
それから数年後の冬、中学生になった私はふと高照寺山のことを思い出しました。数年を経て記憶が美化されたのか、あの山頂でいただいたぜんざいをもう一度食べたくなったのです。というわけで、友人たちを誘って、高照寺山への早朝登山にリベンジすることになりました。
高照寺山は標高645m、頂上までは2時間もかからない、道もアスファルトで舗装されてて歩きやすく、登山の中では気軽に登れる山です。小学生の時には泣いた私も、中学生になって体力も付いて、友人たちと楽しくおしゃべりする余裕すら生まれました。そして、なんでもないと思っていた山の景色に息を飲むことになりました。
早朝の真っ暗な闇の中を登り進めていくと、木々の間から見下ろせるのは、ぽつぽつと明かりがついた家々。そして見上げれば満点の星空。上にも下にも星があるようで、冷たい空気とともに気分が澄んでいきました。時間が経ち空が白みはじめると、息を飲む絶景が広がっていました。先ほどまで見えていた小さな家を飲み込むような白い海、雲海です。見下ろす山々の間に雲が流れてきて、そこに薄紅色の光が射し込みまるで天国にいるような美しさでした。余裕のなかった数年前にはまったく気づかなかった景色です。
ご来光にも恵まれ、お目当てのぜんざいや豚汁にもありつけて第二の早朝登山は大成功でした。
山から降りた後も、自分が住んでいる盆地の上空で、あんな神秘的な光景が広がっているのだと思うと、身近でありふれた山々も特別なものに思えるようになりました。
今回、久々に車で頂上まで登りました。瀬戸の海から昇る朝日。
雲海。太陽が雲で隠れてしまっていて、朝日に染まる雲海が撮れなかったのが残念。
あの時の感動が病みつきになって、私は上京してからもたまに近くの山を登ります。富士山の雲海や日の出もすばらしかったけれど、高照寺山から見た、私が生まれ育った盆地をめぐる山の景色も負けじとすばらしかったなと、いまでも思い返します。
<玖西盆地>
新しく出来たパラグライダーのフライトエリアからは玖西盆地が見渡せます。息を飲む絶景です。
以上、5回にわたり私の故郷を紹介させていただきました。このような機会をいただき、ありがとうございました。ふたたび故郷を振り返ることができてとても懐かしかったです。また岩国から離れている間に、整備されたり、新しく作られたりした場所などもあって、新たな故郷の一面を見ることができました。いつか、これらの場所を舞台にした漫画を描いてみたいです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
中村ユキチ