今回は子どもの頃の思い出話でなく、社会人になってから伺って、好きになった場所のお話を。
前々回ご紹介させていただいた一銭橋から今津川を上ったところ、今津町五丁目にある割烹旅館 油政さん。江戸の末期は油を扱う商家だったそうで、そこから屋号をそのまま取った油屋の姓となり、明治8年に旅籠と仕出しを始めた政治郎(まさじろう)さんの名前と合わせて「油政」と付いたそうです。今の場所に移られたのは昭和6年頃と聞きました。地元では、お祝い事や家族の記念行事、企業の接待など、ちょっと特別な時に名前の上がるお店です。
以前お仕事で祝賀会の司会をさせていただいたのですが、その会場が油政さんでした。前々からいろんな人に「趣のある素敵なところだよ」と聞いていましたが、私にとってはその時が初めての訪問だったので、とてもうれしかったのを覚えています。
行灯に入っている紋様は、油屋家の家紋の剣片喰(けんかたばみ)から取った花紋とのことです。
油政さんの窓ガラスは、昔からある昭和のソーダガラスをできるだけ残してあると伺いました。すでに廃盤となり、新たに作ることが難しいガラスで、きれいな平らでなく所々に緩やかな凹凸があるのが特徴だそうです。
大広間の窓から眺める今津川の風景は、ソーダガラス越しに見ると揺れているようにも映りました。この揺らぎがなんとも言えない良い雰囲気を醸し、お料理とともに、油政さんが愛される理由の一つになっているのではないかと思いました。
いろんな観光写真にも出ていますが、改めて夕暮れの今津川と油政さんの風景をご紹介したくて、そばにある寿橋の上でしばらく待ってみました。この寿橋のそばには白蛇生息地・白鷺渡来地とあります。欄干には白鷺と白蛇、錦帯橋がデザインされています。
写真を撮る時のおすすめは満潮の時と聞きました。川に映った風情ある建物と大広間の窓明かりが、満潮で川面が上昇することで建物に近づき、より美しく写るのだそうです。残念なことに撮影に出かけた時は干潮。しかし薄桃色から紫、紺色へと変わるきれいな夕空を見ることができました。
油政さんでは、夏は錦川で獲れた天然の活鮎料理や鰻料理が楽しめます。意外と知らない方も多いのですが、お昼の利用も少なくなく、松花堂膳や昼懐石などがいただけます。いずれも二日前までの予約が必要とのことです。
昔この辺りでは岩国吉川藩藩主別邸の御茶屋跡(現・八百新)があったことから今津川を舟で下って雁木を登りお嫁入りする風景も見られたそうです。最近は少人数での結婚披露宴が多い傾向ですが、昔ながらの白無垢や黒振り袖の花嫁衣装で行う披露宴というのも、こちらだったら映画のワンシーンのようになるだろうなぁ、とイメージを広げながら眺めておりました。
今回、故郷について書かせていただく貴重な機会をいただき、改めて岩国の街を見つめることができました。知っているようでも、まだまだ魅力的な場所がたくさんありそうです。これからも再再帰って探してみたいと思います。ありがとうございました。
福井恭子