【錦帯橋のあたり 周防柳さんその4】
故郷の岩国を離れて東京に上って驚いたことはいろいろありましたが、川の汚さは、一種の衝撃でありました。多摩川は多少ましですが、隅田川、荒川、神田川、ことごとくドブ泥の色をしています。これ、いいんだろうか。なんかからだに悪いんじゃないの。麺類のつゆの色の違いに驚くのと同じくらいショックを受けました。
その後、川が汚いのは大阪でも、名古屋でも、博多でも同じで、京都の鴨川や宇治川さえも錦川には遠く及ばないことを知りました。そうなるに及んで、私の錦川への愛はたいへんな郷土自慢に変わったのです。いまでも故郷へ帰るたびに、川はこうでなければいけないと思います。ほんとに美しいです。翠の鏡のようです。後背の山もきれいです。
私の実家は錦帯橋から歩いて二十分ほどのところです。自転車なら十分。帰省したら必ず行きます。あのまろやかな橋の姿を見ると、岩国に帰ってきたという気がします。
いまから十年ほど前、精神的につらい時期があって、しばらく実家に帰っておりました。そのとき、毎日錦帯橋に行きました。河原に降りて、流れる川の水を見ていました。夏でしたので、夜は窓を開けていましたが、そうすると夜風に混じって少し苔っぽさを含んだ川のにおいが流れてくるのです。あの空気の記憶は忘れません。
河畔から錦帯橋を眺めるだけでも十分美しいですが、時間があったらロープウエーに乗ってお城山の山頂から見下ろしてみてください。あなどれぬ絶景です。高村光太郎さんの「樹下の二人」という詩を思い出します。「あれが阿多多羅山、あの光るのが阿武隈川」。
あの詩の心に通じるような、「パノラマの地理」がありますよ。
錦帯橋。岩国のシンボルです。いつ見てもきれいです
錦川。水が翠色です。魚釣りの人がいますね
岩国城より錦川を見下ろします。なかなかの絶景です